alarm-mezamashidokei’s blog

感想殴り書き。ネタバレ有。

告白 湊かなえ

 尾田栄一郎の次に親の顔が見てみたいと思う作家です。普通にいい人だったら怖いです。面白さは言わずもがなで、すぐに読み終わりました。難読漢字や知らない語彙が全くなく、携帯を一度も触らずに読書に没頭できる点も地味にありがたかったです。

 主人公(担任)、主人公の娘の死に寄与した二人の生徒(直くん、修哉)の母親という3人の母親が物語の核であると個人的に思いました。お買い物は一個まで(主人公)、特に褒めることが無く「優しい」と無理に褒める直くんの母親、無関心とまではいかないものの一線引く修哉の母親という要素は作者の実親の要素なのかなとなんとなく思いました。3人の母親は毒親あるあると作者の実母の要素を分解した存在で、上記の3つの描写は何故かわかりませんが、実体験のように映りました。

 修哉に対する虐待と修哉が生徒にリンチされ、牛乳バックが思いっきり頬に当たる描写も重なるようで、作者の中で強烈なインパクトがあるのかとも思いましたが、暴力は受けている感じはしないんですよね。寧ろ無関心よりは暴力を振るわれるくらい情熱をもって接して欲しかったのかなと思いました。

 今になってこの名作を読んでみたのは、私の母親がずっと面白いと勧めてたのをふと思い出したからなのですが、子供にこの作品を見せて何を話したかったのかと少し怖くなったので帰省の間隔を空けたいと思います。

 

こころ 夏目漱石

 ブックカバーでネタバレ食らいましたがよしとしましょう。著作権がとっくに切れている作品にネタバレだと騒ぎ立てる方がおかしいので。

 いい意味で古典っぽくなかったです。(厳密には明治文学は近代文学らしいのですが)注釈も地名とかばかりで読み飛ばしても作品の本筋から大きくそれることはなかったりと、現代の小説と同じくらいの労力で読むことができます。

 3章に分かれていて、1章で主人公と先生が出会ってからの日々、2章で主人公の里帰り(父の病床)、3章で先生から主人公に充てた手紙(遺書)という構成です。個人的には中⇨小⇨大という感じで面白さの度合いが変化していったと思います。3章が一番面白いとはいっても、1章と2章では、3章をより楽しむための要素が散りばめられています。

 1章での先生の厭世的な態度は先生の過去をあれこれと想像させます。「傷ましい先生は、自分に近づこうとする人間に、近づく程の価値のないものだから止せという警告を与えたのである。他(ひと)の懐かしみに応じない先生は、他を軽蔑する前に、まず自分を軽蔑していたものと見える。」という感覚はうっすら自分にもあると思いました。わかりやすく他者を遠ざけようとするほどではありませんが、何かしらの有用性なしに人と関わる資格はなく、失えば繋ぎとめる資格もないという考えが根底にあるのだと気づかされました。

 2章では明治天皇の崩御と父親の様子が描かれ、3章での先生の遺書でも明治天皇の崩御と先生の心情が描かれ強調されています。同じ出来事が別の意味合いを持ち深みを増すといった展開はいいと思いますが、漱石自身が明治天皇の崩御及び周辺の事件ありきでこの小説を書いたのだと思われてしまいます。

 

舟を編む 三浦しをん

 辞書編纂という固い題材にもかかわらず、全く興味ない人が読んでも面白いと思える話だと思います。流石本屋大賞【2012】といった感じです。

 人生を懸けて熱中できるものがある人はとても魅力的に映るのですが、本作ではそんな活字中毒の主人公よりも、比較的一般の感覚に近い辞書編纂部の同僚の視点が面白いと思いました。言葉にさして興味のないチャラ男(西岡)の鬱屈した心情を抱えつつも、辞書編纂プロジェクトに対して徐々に熱意を持って取り組む姿は、同じ社会人として共感するものが多かったです。心からやりたいと思える仕事にありつける人は稀なので、選んだ環境下で楽しい要素を抽出して折り合いをつけていくのも悪くないと思わせてくれるようでした。

 数カ月前は⇩のような考え方をしていたので、本作を楽しめなかったと思います。最近は出勤が全く憂鬱に感じないのが不思議です。

 

alarm-mezamashidokei.hatenablog.com

 

 とはいえ、本当にやりたいことに挑戦してみたいという気持ちが消えるわけではないのがなんとも、、、30過ぎたり、家庭を持ったら消えますかね?今の仕事自体に不満なくそこそこ楽しいと思っているので何もしないで終わりそうな気がしてなりませんが。

 脱線したので、本作に話を戻します。仕事ややりたいことという面では本作はいうことないと思いますが、恋愛要素は正直微妙だと思いました。各章で視点が変わるのですが、その登場人物毎にそれぞれ恋人を雑にあてがってる感が否めず、記号としての役割を越えてこなかったです。恋愛要素は主人公に絞ってもっと掘り下げても良かったのではと個人的には思うものの、西岡の妥協(実際は妥協ではないことは本人は分かっているものの認めたくはない)の感じは面白いので削るのももったいない気もします。

 

雪国 川端康成

 書店に並ぶ新潮文庫の水色のきれいなブックカバーに惹かれ購入しました。人間失格は黒色、こころは白だったり名作に上質なブックカバーをつけるキャンペーン。そんな心持ちで読み始めたのにも関わらず、私には川端康成という偉大な作家の美しい文章表現を味わう感性がまるでなかったのが悲しい限りです。

 というより、この物語に対する向き合い方がよくなかったです。古典なので知らない語彙も多く、注釈を見たり調べたりしながら序盤は読み進め繊細な表現も楽しんでいたのですが、途中から面倒になってきて(駒子との絡みが多くなりだしたあたりから)なんとなくで読み進めていきました。

 すると、ストーリーラインだけをなぞるようになり、今後の展開予想のような形式になっていしまいました。他の作品ではさほど問題ないと思うのですが、本作の見どころは繊細で美しい文章表現であり、登場人物も少なく、物語自体に意外性は全くないので本当によくなかったです。もっと暇なときに読み直したいと思います。

 そんな中でも、好きな表現はありましたので紹介すると、

「しかし、彼女の口振りは、まるで外国文学の遠い話をしているようで、無欲な乞食に似た哀れな響きがあった。」

 ただ雑談しているだけでこんな言われようで面白いと思いました。それでいて見下しているわけではないのがまたなんとも。無欲な乞食・・・流れが無いと矛盾するような言葉ですが、駒子の様子をよく言い表していると思いました。

 

 

映画ちいかわ 人魚の島のひみつ

 めっちゃ面白かったです。ファーストスラムダンクと張るくらい、話の深さでいったらそれ以上の映画とは思いもしませんでした。漫画(1巻)買いたいのにどの書店でも売り切れですね。取り寄せ頼んでも、出版社に在庫が無くて悲しい。

 セイレーン、神殺し、原罪、罪と罰、私刑、性善説・性悪説といった、神話や哲学などの要素がてんこ盛りで全くもって子供向けではありません。すべての面白い要素について言及したいところではありますが、「罪と罰」と「性善説・性悪説」に絞りたいと思います。

 

以下、ストーリーを時系列で説明(大ネタバレ)

 

 セイレーン(巨大)と3匹の人魚が人魚の島に上陸。セイレーンの歌声は作物を豊かに実らせるという効能があり、その見返りとして島民に供物(味の濃い食べ物)を要求するという形で、圧倒的な力を持つセイレーンによる脅迫ではあるものの、協調関係を保っていた。

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 人魚の島の島民であるヒトハとフタバが海で釣りをしていると、セイレーンと3匹の人魚に巻き込まれて(過失)フタバが瀕死の重傷を負う。そこで、ヒトハはフタバを助けるために人魚を食べると永遠の命が手に入るという伝説に縋り人魚を殺害して(故意)フタバに食べさせる。フタバは目覚めてすぐに人魚を食べたことに気づき、一人で永遠に生きることに恐怖し、ヒトハにも人魚を食べさせ、ヒトハも永遠の命を手にする。永遠の命を手にするとお知りに電池ポケット(単三電池)ができる。

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 人魚を殺されたことに激怒したセイレーンは、犯人を捕まえて拷問(体ぴったりの檻に閉じ込めて海底に沈め、永遠の命をすごさせる)するために、島民を片っ端から捕まえて捕食する(故意)。

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 セイレーンの被害を食い止めるために、高額の報酬で釣り、島外へ助けを求める。(クエストの内容は伏せており、実際の報酬は醬油という虚偽表示。)

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 上記のクエスト(高額報酬)につられ、ちいかわ、ハチワレ、うさぎなどの面々が人魚の島へ訪れ、ヒトハとフタバと仲良くなる。

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 ちいかわ、ハチワレ、うさぎがセイレーンの寝床に迷い込み、襲われるものの、セイレーンの早とちりということで謝罪され難を逃れた。また、人魚を殺されたことをちいかわ達に語り、人魚殺しの犯人捜しを手伝って欲しいと頼まれる。

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 セイレーンが島民の集落を襲う。事情を知るちいかわ達はセイレーンと戦うことを躊躇する。ラッコと島民2名がセイレーンに攫われる。島民たちはちいかわ達を囲みセイレーン討伐をしてほしいと懇願する。ここで、虚偽表示もバレるが、ラッコの救出及びちいかわ達の善意に付け込む島民の囲みによってセイレーン討伐を引き受ける。

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 ちいかわ一行とヒトハ、フタバVSセイレーン・・・ハチワレ、モモンガ、古本屋が捕まる。命からがらセイレーンから逃れたちいかわは島二郎(しまじろう)と出会う。しまじろうの助けを借りて、捕らわれていた面々を開放することに成功。

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 VSセイレーン第三ラウンド・・・セイレーンを集落で迎え撃つ。ちいかわ考案:島二郎の激辛カレー作戦により、ちいかわ達が勝利。地面でもだえるセイレーンを島民が憎悪の表情で取り囲む。これ以上襲わないから許してと懇願するセイレーンの言葉を信じハチワレの判断により、とどめはささなかった。また、この戦闘途中でちいかわとセイレーンはヒトハ(フタバかも)の単三電池を目にしたことで、人魚殺しの犯人がヒトハとフタバであることを確信。(ヒトハとフタバの家で人魚の鱗を目にしたりと疑惑はあった)

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 セイレーン撃退祝いのキャンプファイヤーが開催される。島民が祝福ムードをよそに、苦悶の表情をしたちいかわはヒトハとフタバに話しかけようとするも、何も言わなかった。(二人を断罪しなかった。)その後、何かを決意した二人はどこかへ去っていく。ちいかわ一行の見送りが盛大にされるも、二人の姿は無かった。

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 エンドロール

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 二人は別の島へ移住していた。セイレーンと2匹の人魚はその島へ向かって泳ぐところで終了。

 

 

 勢いあまって、ストーリーライン書き連ねましたが、ワンピースのアラバスタ編くらいきれいな構成ですね。魅力的なボスに、善悪はっきりできない現実の難しさをポップなちいかわで味わえるとは驚きました。

 ヒトハが最初に犯した罪(人魚の殺害)はフタバを助けるため及びセイレーンに対する報復ということで正当化しています。そして、人魚の殺害の報復によりセイレーンが島民を殺害している中でも、黙認し続けていたことはかばいようがないものの積極的に新たな罪を犯したとまでは言い難いです。ドストエフスキーの「罪と罰」では、最初の殺害はなんとか理屈をこねくり回して正当化(自分は大してなんもされてないのでヒトハとフタバよりひどい)したものの、突発的に罪のない人を殺害したことはかなり悪質で、全くもって正当化できないものであったため、主人公も自責の念にかられ自首に至ります。

 ヒトハとフタバ・・・人魚の殺害1点+黙認1点+逃亡1点=3点

           ⇨セイレーンによる制裁?・・・永遠に閉じ込め

 罪と罰の主人公・・・最初の殺害1点+第二の殺害2点-自首1点=2点

           ⇨流刑地で愛を知る

 こうやって並べるとちいかわの方がグロテスクですね。まるで救いが無い。ただ、ヒトハとフタバは2人組ということで、お互いを守るためという新たな正当化が生じるのが難しいところです。

 

 善良なちいかわはヒトハとフタバを断罪しなかった⇨二人は逃亡

 善良なハチワレはセイレーンを見逃した     ⇨セイレーンは二人を追いかけた

 という構図はやるせなさを感じるため、エンドロール後のシーンはいほうが救いがあるものの、憎しみの連鎖を断ち切れない現実をよく表しているともいえます。個人的には、性悪説を多少なりとも補強する内容にもやっとする気持ちもありますが、、、(性悪説は現実だけでお腹いっぱいなので、物語くらい夢見させて欲しいという願い)

 

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成瀬は天下を取りにいく 宮島未奈

 奇想天外な主人公、成瀬あかりを以下の者の視点から見ていく「成瀬あかり史」。

 

成瀬の親友(?)⇨他人(だいぶ年上)⇨知人(仲良くはない)⇨他県の同級生(成瀬に惚れる)⇨成瀬の視点

 

 人間関係の微妙な距離感の差違を様々な者の視点を駆使することで見事に描いている。特に親友(?)と知人の視点の格差でより強く感じることができる。(親友(?)としているのは、この物語を通して親友になるから)

 成瀬あかりは文武両道で、自分の軸があり周囲から浮いていても自分の軸があるため気にも留めないという人物である。「~だ。」「そういうものなのか。」など、NPCのような喋り方をして、現実に居そうな感じはない。女性が思うかっこいい女性なのかな?という感じで少しイタさはあるのだが、最後の章で成瀬の視点になり、周囲の成瀬に対する感情と成瀬の感情の乖離が描かれることで解消される。

 

 本作は職場の休み時間でほとんど読了できたくらいに、さくさく読めるので、読書したいけどできないでいる方にお勧めかと。2作目、3作目もありますが、中学、高校の青春を描いた本作だけできれいにまとまってる気もするので、続編は読むか迷っています。

 

夏帆 村上春樹

 村上春樹は食わず嫌いしていた作家の代表格でした。性的描写が幼稚で気持ち悪い、唐突なSFが好みじゃないといった様々な否定的な感想を目にしていたというのもありますが、何と言ってもファンの持ち上げ方が受け付けなかった1番の理由です。ある程度の規模になれば、アンチの声が大きくなるとともに、ファンが過剰な擁護をして近寄りがたくなる現象はどんなコンテンツも起こることではありますが、、、

 今回初めて村上春樹の作品を読んでみようと思ったのは、女性を主人公にした初めての作品ということで、男性主人公の都合の良い展開や性的描写が緩和されているのではないかと思ったのと、タイトル(主人公の名前)と私が交際していた女性の名前が同じで本屋に足を運ぶ度に目に入って仕方なかったからです。そんな私の気色悪さを披瀝したところで感想に入りたいと思います。

 現実(SF混じり)、主人公の夢、絵本作家である主人公が描いた物語という3つの軸を転々として物語が展開されていく。物語の主題は娘が母親から本当の意味で自立すること。難解な表現は無く、とても読みやすい。

 女性にとって母親という存在がいかに大きく、無意識のうちに影響を受けていることがよくわかりました。終盤の切羽詰まった場面で主人公が『お母さんの同意を得てない』と躊躇し、母親の同意を得た後も、自分の空想したキャラクターが助けてくれることを願って自分の意思で行動できないでいる様子は、娘から1人の女性になる過程を綺麗に落とし込んでいると思いました。

 個人的には、かなりしっかりまとまった構成になっているので、メタファーなどの表現をより難解にしても差し支えないのかなと思いました。誰もが読める平易な文章であるが故に、それっぽい批判の声も多くなるのかなと。